連載 No.10 2015年8月9日掲載

 

マッチ箱の写真に魅せられて


  自然の造形の中で、昔から憧れているものの一つに火山がある。

 高校まで過ごした高知県にそれらしきものがなかったことも理由だと思うが、ある時、ふと目についたマッチ箱の写真。

当時タバコ屋で売っているマッチには「日本の風景」というようなシリーズがあった。

そこには緑とも青ともいえない不思議な水をたたえた、火口湖の写真が印刷されていた。

70年代の当時からしても、なんだか古くさい観光地の写真

特に景勝地に興味があるわけでもなく普通なら気にも留めないが、そのひっそりとした山頂の湖は心に焼き付けられた。



群馬県の白根山。その後少しずつ資料を集め、火口湖の湯釜、立ち枯れの林、

硫黄の蒸気が噴き出す殺生河原、いくつかの旧噴火口や硫黄鉱山の跡など、興味はどんどん膨らんだ。



初めてそこを訪れたのは大学時代のゼミの研修旅行。グループで移動する遠足のような旅だったが、

火口まで続く遊歩道を上がり、間近で見る火口は想像以上に美しいものだった。

湖岸や山の随所に硫黄を採取した頃の遺構もあり、この不思議な景観をいっそう魅力的なものにしていた。

そして東京から決して近いとはいえない場所に、何度も撮影に出かけるようになる



東京から車で数時間。かなりハードだが、日帰りもできる距離。

高速代を節約するために国道を走ったが、深夜にスピード違反で罰金を払ったのはつらい思い出だ。

 この山はまた活発になり現在噴火警報が出ている。

当時も火口に近づいて撮影することはできなかったが、

荒涼とした山の稜線(りょうせん)や朽ちた倒木、不思議な形の岩や植物が被写体となった。


そして時折やってくる深い霧。

この写真は万座温泉から遊歩道を上がり、本白根山に向かう途中の鏡池の周辺。

かなり標高の高いところなのでシラカバよりもダケカンバが多い林。

元来た道も分からなくなるような深い霧で、機材がすっかりぬれてしまったのを覚えている。



当時はハイカーは少なく、一日中歩いても誰にも会わないこともあった。

最近このあたりに撮影に出かけると、人の多さに驚く。あれから何度も通い、長い時間を費やしたが作品の数は意外と少ない。

そして一番好きなのはこの頃の作品。これは1984年の秋だ。

 始まりはマッチ箱の写真。

「絵はがきのような写真」をありきたりでつまらないという人もいるが、私はそれはそれで 面白いと思う。

ただ単に、なんらかのランドマークが写っているだけというのではなく、その土地の魅力が見えてくる。

そしてそれが誰かの目に留まる。撮れといわれても、なかなか撮れるものではない。